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樋口一葉『ゆく雲』のあらすじと感想|恋心は雲のように流れる

投稿日:2019年6月29日 更新日:

ゆく雲

この記事では、樋口一葉の小説『ゆく雲』のあらすじと感想、そして解説を書いています。継母に辛くあたられるが故に、心を閉ざしてしまったお縫と、その心を開けようとする野沢桂二。事態は一時好転の兆しを見せますが、人の心はゆく雲のように読めないものです。

樋口一葉『ゆく雲』人物相関図

主要な登場人物は2人います。

野沢家の養子である野沢桂二22歳。

そして野沢家の親戚関係にある上杉家にある、お縫。お縫は実母を亡くし継母と共に暮らしていますが、継母は縫につらくあたるため、縫は心を強く閉ざしています。

ゆく雲人物相関図

樋口一葉『ゆく雲』概要

『ゆく雲』という題名は、小説に出てくる「桂次」の移り行く心(と環境)を表しています。

一時的な感情で盛り上がる男女の恋愛ですが、心は時間の経過とともに離れていくもの。そんな男の心を雲に例えて題名がつけられています。

作中に出てくる「お縫」は樋口一葉自身、「桂次」は樋口一葉の許嫁関係であった「渋谷三郎」と言われていますが、「お縫」が樋口一葉の妹の邦子で「桂次」は樋口一葉の同郷の山梨の地主である「野尻理作」であるとも言われています。

これは「ゆく雲」の舞台が山梨県大藤村であり、大藤村は樋口一葉の故郷であるため、樋口一葉の身内または本人がモデルになっている可能性が高いと考えられるからです。

樋口一葉『ゆく雲』あらすじ

主人公の野沢桂二は故郷の山梨を離れて遊学している。

しかしいずれは故郷山梨に帰郷し、許嫁である「お作」と結婚して地に根を張る運命である。桂二は養子であるが故に、養父の言うことに歯向かうことはでず「左記の将来を鎖に繋がれた」ように感じている。その養父が最近歳のせいか、家を継がせ隠居をしたく、桂二に早く山梨へ戻ってくるようせかしている。

そのお作は写真を見るのも憚られるブサイクな女なのである。さらに養子であるが故に、家を継いでもその資産は自分の自由にならないであろう、いわば野沢家の門番のような存在になるのではないかと案じています。

桂二が現在東京で暮らしているのは、野沢家の親戚である上杉家である。が、そこに住む叔父と叔母は難しい人物で、自分が書生として上杉家にお世話になっているという体をとらなければ、二人の機嫌をとることができないであるろう間柄だ。

そんな桂二が上杉家を出ないのは、上杉家の子、縫の存在だ。

先妻の子である縫は、母親(継母)や父親に対して遠慮がちに生きている。桂二は縫が養子である自分と境遇が似ており、自分の苦心を縫に重ね合わせるのである。

 

縫は物を言えば睨まれ、笑えば怒られ、気を利かせればこざかしいと言われ、控えめにすれば鈍いと言われる。死のうと思ったこともあるが、残された実の父親のことを考えると死にきれない。

田舎に帰り、夫となる運命が待つ桂二に対し「うらやましい身分」と言う縫に対し、「何がうらやましい身分なものか」と自らの境遇を語る桂二。しかし縫は「私は何を言ったらいいのか、不器用なので返事のしかたも分からない」とつれなく返すだけでした。

 

遂に桂二が故郷へ帰る日がやってきます。

「この世を終えるまで君のところに手紙を断たないつもりだが、君も十通に1通くらいは返事を書いてほしい。眠れない秋の夜にはそれを胸に抱いて幻の面影をみたいものだ」そう上を向いてハンカチで涙を流す桂二。

縫は岩や木のような人(感情に乏しい)なので、何と思ったかはわからないが、涙がほろほろこぼれた。

それから暫く、桂二からの手紙が来ていたが、やがて月に1・2度、2か月に1度、そのうち半年に1度、やがては年賀状と暑中見舞いだけのつきあいになってしまった。

縫は変わらず上杉家の中で心を閉ざして生きているが、縫い合わせた心のほころびは切れてしまったのである。

樋口一葉『ゆく雲』感想

田舎から東京へ遊学している青年が、少女に恋をする話、と聞くとすこしほっこりするのですが、『ゆく雲』という題名からもわかるように男の心や彼彼女を取り巻く環境はは雲のように流れていくものです。

結局桂二は故郷へ帰り、恐らくは許嫁と結婚、忙しさの中で縫のことを思い出すことも少なくなってしまったのでしょう。

単に桂二が「悪いとか悪くない」とかという話ではなく、元々は許嫁の話も本人の意思とは関係なく沸き上がった話。義理の父母を捨てることも出来ず、風に流される雲のように心も散って行ってしまったのでしょう。

この桂二のモデルとなったのは、樋口一葉の許嫁関係にあったとされる「渋谷三郎」と言われています。桂二はできることなら縫と添い遂げたかったのでしょうが、家がそれを許すはずもありません。そして現実世界の渋谷三郎もまた樋口家が没落すると、三郎の親の強い意向により樋口家を捨てて許嫁関係も破棄してしまいます。

一方で作中のお縫は意地の悪い継母という環境の中、桂二という一筋の光を見出しそうになりますが、結局は年賀状と暑中見舞いだけの関係になってしまいます。貧困の中苦しんでいた樋口一葉が渋谷三郎に裏切られてしまう状況と似ていますよね?

上杉家の中で生きていく中で自分を殺し、桂二の想いも当初は受け入れなかった縫でしたが、別れに際しては涙も流しています。しかし結果的には桂二の思いは長続きせず、そこに『ゆく雲』のようなはかなさが感じ取れますし、それは樋口一葉の恋愛観と考えることもできるでしょう。

樋口一葉『ゆく雲』をより深く味わうには

以上で『ゆく雲』の感想は終わりです。

樋口一葉の人生や時代背景について知ることができれば、『ゆく雲』もより深く理解できるようになると思います。別途記事にしていますのでご参照よろしくおねがいします。

樋口一葉|明治を生きた天才・貧乏女流作家の人生|意外な男性遍歴とは?

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