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太宰治『トカトントン』あらすじと感想|太宰が戦後の若者の苦悩に答えた

投稿日:2019年8月15日 更新日:

トカトントン

この記事では太宰治の小説『トカトントン』のあらすじと感想を書いています。

この作品は26歳になる青年がある作家(おそらくは太宰治)に悩みごとの手紙を書く、という体で話が進みます。

「トカトントン」という音が聞こえると突然やる気を失うという青年の悩みに、作家はどのように答えるのでしょうか?

太宰治『トカトントン』あらすじ

まず初めに作品の全体的な簡単なあらすじを書き、そのあと詳しいあらすじを書いています。

太宰治『トカトントン』かんたんなあらすじ

時代は敗戦直後。

26歳になる男性がある作家に手紙を出す。それは男の悩みを綴ったものだった。

玉音放送により日本が戦争に敗れたことを知った男は、体が地の底に沈むような感覚に襲われ、死ぬのが本当だと思いつめる。

しかしその時「トカトントン」という金づちの音が聞こえ、その想いは跡形もなく消え去るのだった。

その後も恋愛、スポーツ、仕事など熱意を傾け、それが絶頂期を迎えるたびに「トカトントン」という音が聞こえ、その瞬間、男の情熱は消え去るのだった。

その手紙を受けた作家は、聖書の一文を添えて返信するのであった。

トカトントンという軽い音が聞こえると、熱意が削がれるという男性の悩み。

作家(太宰治)はその悩みにどのような回答を出すのでしょうか?

詳しいあらすじを見ていきたいと思います。

軍国主義に傾倒していた男性の悩み

拝啓。

一つだけ教えてください。困っているのです。

26歳になる男性は花屋の次男として生まれ、青森の中学を出て、横浜の軍需工場の事務員となり、軍隊で4年間暮らし、第二次世界大戦の無条件降伏と同時に生まれた土地へ帰ってきた。

そして青森市から2里ほど離れた海岸の郵便局に勤めることとなります。

男はなんどもあなた(作家)に手紙を書こうと思っていたが、実行の勇気がなく現在に至る。

教えていただきたい事があるのです。本当に、困っているのです。

昭和28年8月15日正午、男は兵舎の前の広場に整列させられて、そして陛下みずからの御放送だという、ほとんど雑音に消されて何一つ聞き取れなかったラジオを聞かされ、日本がポツダム宣言を受諾し、降参をしたことを知る。

その時、男はからだが自然に地の底へ沈んでいくように感じる。

死のうと思いました。死ぬのが本当だ、と思いました。

その時、背後の兵舎の方から、誰やら金づちで釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞こえてきます。

それを聞いたとたんに、眼からうろこが落ちる感じがした男。

悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私は憑き物から離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持ちで、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私には如何なる感慨も、何一つもありませんでした。

遠くから聞こえてきた幽かな、金づちの音が、不思議なくらい綺麗に私からミリタリズムの幻影をはぎ取ってくれたのです。

作家活動に傾倒する男性

ミリタリズムから解き放たれた男は、小説活動に精をだすことになります。

戦争が終わり郵便局に来て、さあこれからは、何でも移住に好きな勉強ができるのだと思い、軍隊生活の追憶を書き、大いに努力して100枚近く書き進めて、いよいよ今日明日のうちに完成だという秋の夕暮れ、銭湯の天井からぶら下がっている裸電球の光を見上げた時、トカトントン、と遠くからあの金づちの音が聞こえます。

とたんにさっと浪がひいて、男はただ薄暗い湯船の隅で、じゃぼじゃぼお湯を掻きまわして動いている一個の裸形の男に過ぎなくなりました。

そして自分の部屋に引き上げて、原稿をぱらぱらとめくり、そのあまりのばかばかしさに呆れ、うんざりして、原稿をそれ以降の毎日の鼻かみにするのでした。

仕事に傾倒する男性

次に男性が精を出したのは、郵便局の仕事でした。

そのころちょうど円貨の切り替えがあり、人手不足でへとへとになっても休むことができない忙しさであった。

しかし男の働きぶりに異様なはずみがつい、ほとんど半狂乱みたいな獅子奮迅をつづけ、いよいよ通貨切り替えの騒ぎも今日でおしましという日に、トカトントンとあの音が遠くから幽かに聞こえたような気がして、もうそれっきり、何もかも一瞬のうちに馬鹿らしくなり、男は立って自分の部屋に行き、布団をかぶって寝てしまいました。

その後、男は甚だ気力のないのろのろしていて不機嫌な、つまり普通の、窓口局員になったのです。

恋愛に傾倒する男性

そうして次に男性はをしました。

相手は海岸にたった一軒しかない小さい旅館の女中さんです。女中さんは貯金だの保険だのの用事で郵便局の窓口に毎週来るのです。

二百円だか三百円だかの大きい金額を貯金しにくる女性でしたが、ある五月の半ば過ぎの頃、「五時ごろおひまですか」と窓口で言われます。

五時になり海岸で腰をならべて座った二人ですが、女性は言います。

「あれはあたしのお金じゃないのよ。おかみさんのものなのよ。でもそれは絶対に秘密。おかみさんがなぜそんなことをするのか、あたしには、ぼんやりわかってるけど、それは複雑な事情がある。」

とのこと。

女性は少し笑って、目が妙に光ってきたと思ったら、それは涙でした。

男は女性にキスしてやりたくて、仕様がありませんでした。この子となら、どんな苦労をしてもいいと思いました。

その時実際近くの小屋から、トカトントンと釘打つ音が聞こえたのです。

男は身震いして立ち上がりました。

「わかりました。誰にもいいません。」

「それじゃ、失敬」

空々漠々たるものでした。

貯金がどうだって、俺の知ったことか、もともと他人なんだ。ひとのおもちゃになったって、どうなったって、ちっとも俺に関係したことじゃない。ばかばかしい。

労働運動に傾倒する男性

六月に入って男は労働者のデモを見ました。

生々溌剌、とでも言ったら良いのでしょうか。ああ日本が戦争に負けて、よかったのだと思いました。生まれてはじめて真の自由というものの姿を見た、と思いました。

涙が気持ちよく頬を流れて、そうして水に潜って眼をひらいてみた時のように、あたりの風景がぼんやり緑色に煙って、そうしてその薄明の漾々と動いている中を、深紅の旗が燃えている有様を、ああその色を、私はめそめそ泣きながら、死んでも忘れまいと思ったら

トカトントンと遠く幽かに聞こえてそれっきりになりました。

スポーツに傾倒する男性

夏になると、この地方の青年たちの間で、にわかにスポーツ熱がさかんになりました。

今年の八月、海岸線を駅伝競走というものがあって、その姿をながめて男は実に異様な感激に襲われます。

いのちがけのマラソンには、虚無の情熱があり、それがその時の男の空虚な気分にぴったりあってしまったのです。

私は局員たちを相手にキャッチボールをはじめます。

へとへとになるまで続けると、なにか脱皮に似た爽やかさが感ぜられ、これだと思ったとたんに、やはりあのトカトントンが聞こえるのです。

何をやってもトカトントン

そしてトカトントンはこの頃では頻繁に聞こえます。

新聞を広げて新憲法を一条一条熟読しようとすると、トカトントン

局の人事について叔父から相談を掛けられ明暗が浮かんでもトカトントン

火事現場に駆け付けるとトカトントン

叔父の相手で晩御飯の時お酒を飲んで、もう少し飲んでみようかと思ってトカトントン

気が狂ってしまっているのではなかろうかと覆って、トカトントン

自殺を考え、トカトントン

男は作家に訴えます。

教えてください。この音はなんでしょう。

最後にもう一言使加えさせていただくなら私はこの手紙の半分も書かぬうちに、もう、トカトントンがさかんに聞こえて来ていたのです。

こんな手紙を書く、つまらなさ。それでも、我慢してとにかく、これだけ書きました。

作家からの返答

この奇異なる手紙を受け取った某作家は、むざんにも無学無思想の男であったが、次のごとき返答を与えた。

拝復。気取った苦悩ですね。

僕は、あまり同情してはいなんですよ。

十指の指さすところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。

真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、28、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅ぼし得る者をおそれよ。

この場合のおそるは畏怖の意に近いようです。このイエスの言に、霹靂を感ずることができたら、君の幻聴は止む筈です。不尽。

ちょっと返信の言い方が難しいので、簡易にすると次のようになります。

拝復。気取った苦悩ですね。

僕は、あまり同情してはないんですよ。

誰もが認めるどのような言い訳もできないようなみっともない恥ずべき行動を、あなたはまだ避けているようです。

真の思想は、叡智より勇気が必要なのです。聖書のマタイ十章、28、「体は殺しても魂を殺すことができない者どもをおそれるな。魂も体も地獄で滅ぼすことのできる者を恐れなさい」

このイエスの言に、カミナリが落ちるような衝撃を受けたら、君の幻聴はやむはずです。不尽。

太宰治『トカトントン』感想

いかがでしたでしょうか?

題名からして変わっているのですが、その内容も変わっていますね。

男性側の手紙と、それに対する作家の返信、2つについて感想を述べたいと思います。

戦後の価値観の変化に悩む男性

トカトントンという音が初めて聞こえたのは、玉音放送の直後ですね。

日本は太平洋戦争において、国民精神総動員という、国家のために自己を犠牲にして尽くす国民の精神を推進する運動を行いました。

そして軍国主義に走った日本は戦争に敗れ、イデオロギーを失い、戦後の激しい価値観の変化にさらされることとなります。

作品中の男は、まさにその激動する価値観の中に放り込まれていきます。

熱意を傾け、その絶頂にトカトントン。何をしてもトカトントン。気が狂いますね。

気が狂って自殺しようとしてもトカトントンなわけですがw

太宰は戦後日本の価値観の急激な変化に絶望し、小説の内容も前向きなものから、斜陽や人間失格などの暗い雰囲気の小説へと変化していきます。玉音放送に対しても非常に冷めた感情であったと言われています。

そのような背景からも、太宰はこの男を戦後の混乱の犠牲者の一人であると考えているのでしょう。

作家(太宰治)が返信した手紙の意味

そうした男の悩みに対して作家、つまりは太宰治は返事を返します。つまりこれは作者の太宰治が戦後の若者の悩みに対しての助言であると考えられます。

返信の中に「誰もが認めるどのような言い訳もでいないようなみっともない恥ずべき行動を、あなたはまだ避けている」とあり、太宰治は、男はまだ苦悩と本当に戦っていないと思っているわけです。

聖書の言葉を引用し「体は殺しても魂を殺すことができない者どもをおそれるな」と言っています。

太宰治的には肝心なのは魂、心なわけです。

ですので、この返信は「魂が死なない限り恐れる必要はない、勇気持ってやれよ!」という太宰治が戦後の若者の悩みに対しての𠮟咤激励であると私は解釈しました。

返信の文章は短く、どのように考えるかは様々な意見があると思いますので、是非とも皆さまでも考えていただきたいと思います。

太宰治の生涯については別途記事を書いていますので参照いただければ幸いです。

太宰治|5回の自殺と太宰を愛した女性たち

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