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樋口一葉「たけくらべ」のあらすじと感想

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たけくらべ

この記事では、樋口一葉の代表作である『たけくらべ』のあらすじと感想、そして解説を書いています。

『たけくらべ』(樋口一葉)の作品背景

『たけくらべ』は1895年より、文学界という雑誌に7回にわたり連載された樋口一葉の小説です。

『たけくらべ』は当初『雛鶏』という題名が付けられており、雛鶏である子供たちが大人である鶏になる過程を、主に主人公二人の恋愛模様を中心に描いた作品となっています。また『たけくらべ』とは「竹くらべ」ではなく「丈くらべ」であり、子供の背丈を測る行為、つまりは子供の成長という意味が題名に込められています。

舞台となったのは、吉原遊郭に隣接する下谷龍泉寺町(通称大音寺前、現在の東京都大東区)。吉原遊郭とは、今の言葉で言えば売春を行う場所ですね。吉原遊郭は、多い時で数千人規模の女性が集まっていたと言われています。

樋口一葉は連載が開始される2年前の1893年から『たけくらべ』の舞台であるこの大音寺前に9か月程度居住しており、そこでの経験が作品に大きな影響を与えています。

それまでの樋口一葉の作品は、歌塾(和歌)の先生になりたいという願望を強く持っていたことから、作風にも和歌の影響が大きく感じられます。しかし、大音寺前での生活以降は和歌への興味を失うことになっています。

また、『たけくらべ』に登場する人物のほとんどは子供ですが、登場人物に関してもこの大音寺前での生活で実在していた子供たちです。

樋口一葉は大音寺前で駄菓子屋を営んでおり、その商売柄子供たちと接する機会が多く、登場人物もその中から選ばれたようです。

この『たけくらべ』は、ご存知の方も多いかと思いますが、樋口一葉の作品の中では最も有名と言える作品です。そのため、この『たけくらべ』に関しては多くの批評・研究が発表されており、今でもなお新しい解釈が発表されるなど、古くて新しい、人の記憶に残る作品となっています。

樋口一葉『たけくらべ』の人物相関図

ここで簡単に、『たけくらべ』の人物相関図を紹介しておきたいと思います。

『たけくらべ』の人物相関図

『たけくらべ』人物相関図

主要な登場人物は2人、美登利と藤本信如を中心に物語は展開します。

この二人以外にも、子供たちが何人か出てきますが物語に大きく絡んでくるのは「正太郎」と「長吉」と「三五郎」の3人です。

美登利

14歳。吉原の妓楼「大黒屋」で働く姉を持つ少女。妓楼とは、遊女を置いて客を遊ばせる家のことで、現代で言えば風俗店に近いですね。

姉が遊女であるため、妹である美登利もまた将来は遊女になることが決められています。

同じ学校へ通う隣町の藤本信如が気になる様子ですが・・。

藤本信如

15歳。親は龍華寺で和尚をしており、将来は僧侶になることが確定しています。

美登利と同じ学校へ通っていますが、その学校の中では一目置かれる存在になっています。信如が通う学校は吉原界隈とうこともあり、裕福ではなくまた学力もそれほど高くない子供たちが集まっています。

しかし信如は寺の跡取りということもあり、学力が高いからですね。

しかし当の本人は自己評価が高くなく、実はひきこもり気質なのです。

長吉

16歳。美登利の住む「表町」を何かにつけて敵対視する、「横町」の頭の長。

特に正太郎に対してはライバル意識が強く、次回行われる祭りでは正太郎に暴行を加えて打ち負かそうと画策します。

正太郎(正太)

親は表町で金貸しを営んでいるため、裕福である。

美登利と仲が良いが、正太郎は仲が良いだけでなく美登利のことを好きなようである。

三五郎

親は人力車夫をしている子供。

横町に住んでおり、長吉が営む寮に住んでいることから長吉(横町)に頭が上がらない一方、正太郎の家にも金を借りているため正太郎(表町)にも気を使っている。

『たけくらべ』のあらすじ

『たけくらべ』は16章からなる小説です。最初に全体的なあらすじを書き、その後それぞれの章ごとにあらすじをまとめてみました。

『たけくらべ』の全体的なあらすじ

物語としては美登利と信如、お互いの恋愛感情が軸になっています。

同じ学校に通う、遊女を姉にもつ美登利と、お寺の息子である信如。

美登利は信如に対して好意を抱いていますが、信如は周りがそれを冷やかすため、内気な性格も手伝い積極的に美登利と関わりたいとは思っていません。

ある祭りの日、信如が住む横町の「長吉」は、美登利の住む表町の「正太郎」を襲撃しようとしますが、その煽りを受け美登利は長吉から泥草履を顔に投げつけられてしまいます。長吉は去り際に「ざまを見ろ、こっちには龍華寺の藤本がついているぞ」と捨て台詞を吐いたため、美登利は信如に対して不服な感情を抱きます。

時は流れて時雨の季節、信如が美登利の住む大黒屋の門の前で鼻緒を切らして立ち往生してしまいます。

最初は信如だと気づかずに門まで来た美登利でしたが、信如とわかると胸の動悸が早くなるのがわかります。門の格子から赤い友禅の布切れを差し出しますが、信如はそれに気づかぬふりをするのでした。

秋になり、表町の正太郎は祭りで京人形のように着飾った美登利を見つけます。

いつものように親しげに話しかけますが、いままでの美登利とは異なり不機嫌な様子。その日を境に、美登利は明るかった性格が一変、表に出ようとせず仲の良かった正太郎とも距離を置くようになってしまいます。

ある霜の降りた朝、美登利の住む大黒屋の門の格子に、水仙の作り花が差されていました。誰が置いて行ったのかはわかりませんでしたが、その日は信如が仏門へ入門するためにこの町を去る日でした。

 

『たけくらべ』第一章のあらすじ

第一章では舞台となる大音寺前の紹介から始まります。

大音寺前は吉原遊郭の裏手にあるため、吉原の喧騒がすぐそこに聞こえ、その活気あふれる様子が描かれています。また、祭りも近々催されるようです。

この近辺には「育英舎」という私学の小学校があり、そこには吉原にまつわる様々な職業の子供たちが通っている。例えば金貸しの子、とび職の子、人力車夫の子、などであるが、その中に龍華寺の信如と言って将来は住職になることを約束された頭の切れる子がいます。

信如は性格の大人しさから友達から悪戯をされることもありましたが、今では誰も信如にそういった侮ったことをするものはいなくなったのである。

『たけくらべ』第二章のあらすじ

この章では横町の「長吉」を主軸に物語が進行します。

8月20日は千束神社の祭りがあります。

横町組と自らを称する乱暴者の子供「長吉」は、祭りのたびに表町にある田中屋の正太を目の敵にし、衝突をします。正太が公立の学校へ通う子であることも、長吉の癪に障り、「横町VS表町」という対立構造が見て取れます。

暴力ではなんとか表町に勝てると考える「長吉」でしたが、学力に関しては公立に通う表町の子供には勝てません。そこで、横町の学校でも頭が良い「信如」に後ろ盾を頼むことにするのでした。

同じ学校に通う私立の子として、表町の子と喧嘩することは気が進まないものの、義理からそのことを了承する信如でした。

『たけくらべ』第三章のあらすじ

第三章ではいよいよたけくらべの主人公である美登利が登場します。

色白く鼻筋の通った顔、ものをいう声は細くすずしく、人を見る目は愛嬌にあふれて身のこなしが生き生きとしている。またお金に対して気前も良く、その性格を喜ばない人はいません。

姉は遊女であり、美登利が住むのもその遊女屋(妓楼=客を呼んで女と遊ばせる店)。その余波のせいで懐は潤っているようです。

このような端正な顔立ちと気前のよさから、美登利は表町の「正太郎」や横町の「三五郎」ら子供たちの女王的存在となっています。

『たけくらべ』第四章のあらすじ

今日は祭りの当日です。

横町の「三五郎」は6人兄弟の長男である。親は人力車夫であり、裕福でないことから祭りに着る浴衣を買ってもらうこともできません。

金貸しの親を持つ、表町の「正太」には親がお金を借りているため恩を感じています。正太郎に「来い」と言われたら嫌とは言えない義理があります。

しかし一方で三五郎は横町で育った身であり、家主は横町の「長吉」の親であるため、表向きはあちらに背くこともできない板挟み状態です。

三五郎は正太に言われ、祭りにまだ顔を出さない「美登利」を迎えに行きます。

その間正太は祖母に呼ばれたため、夕食を食べに家へ戻ります。

『たけくらべ』第五章のあらすじ

美登利が家から出てきたちょうどその時、三五郎は正太を待っていた長吉の襲撃を受けます。

「この二股野郎覚悟をしろ、横町の面汚しめ」

そう言いながら、長吉は14,5人で三五郎に襲い掛かります。

見るに堪えない美登利は「恨みがあるなら私をおぶち」と言い返しますが「姉の跡継ぎの乞食め」と長吉から泥草履を投げつけられます。

「ざまを見ろ、こっちには龍華寺の藤本がついているぞ」と捨て台詞を残して長吉は去って行くのでした。

『たけくらべ』第六章のあらすじ

祭りの翌朝、珍しくも美登利が学校を嫌がります。

自分を狙った長吉に、泥草履を投げつけられた美登利のことを知った正太は「美登利さん昨夜はごめんよ」と謝り美登利を家に招待します。

自分の母や早くに亡くなり、父もまた田舎の実家へ帰ってしまい両親がいない寂しさを吐露し、「美登利さんが羨ましい」とつぶやく正太。

そんな話を美登利と話をしているうち、美登利の機嫌は元に戻ります。

家を出ていく美登利のその後姿を見て正太郎は「美しい」と思うのでした。

『たけくらべ』第七章のあらすじ

龍華寺の信如と大黒屋の美登利、二人はともに同じ育英舎に通っています。

大運動会の際、転んで汚れてしまった信如を、居合わせた美登利が自分のハンカチを取り出して、介抱したことがありました。

友達がそれを見つけて「藤本は坊主のくせに女と話をして、嬉しそうに礼を言ったのはおかしいではないか。美登利さんは藤本のかみさんになるのであろう」と騒ぎ立てたことがあり、それ以来信如は美登利を避けるようになってしまいました

自分を避ける信如に対して不満を抱いていた美登利であったが、それでも信如が気にかかる様子。

しかし祭りの件はその信如の後ろ盾があってのこと。そう思い、美登利はこの先学校へ通うことが面白くなくなってしまったと感じるのでした。

『たけくらべ』第八章のあらすじ

吉原界隈で育った美登利なので、その雰囲気に美登利が染まってしまうのも無理はないことだった。「男」というものが怖く感じることはなく、遊女という仕事がそれほど卑しい仕事だとも思わない。

姉が吉原で稼ぎ、両親へ孝行しているのを羨ましく思うのは、売れっ子で通す姉の姉の憂さ辛さのほどはわからないからである。

『たけくらべ』第九章のあらすじ

龍華寺の信如の父は、和尚でありその財産と肥え太った腹は見事である。

兄妹は二人で、姉と信如である。

姉は、人の評判も良いが弟の信如は偏屈者であり、一日中部屋の中でまじまじとしており陰気臭い生まれつきである。

忙しい和尚の代わりにお使いへ行くのは信如の役割であるが、筋向こうの筆屋に子供らの声を聞くと、自分のことを罵られているのではと考えて情けなくなるのである。

生来、部屋に閉じ籠って人と顔を合わせられない臆病至極の身であったものを、学校での出来ぶりや身分柄のいやしくなさのおかげで、藤本信如がそんな弱虫と知るものはいないのである。

『たけくらべ』第十章のあらすじ

藤本信如は、祭りの夜は姉の元へ使いを言いつけられていたので、騒ぎのことを知らなかった。

祭りの翌日、そのことを知り、今更ながらに長吉の乱暴に驚き自分の名を借りられたことがつくづく迷惑に感じられた。

長吉も少しは自分のやりそこね(肝心の正太郎には攻撃できなかったこと)を恥ずかしく思ったのか、ほとぼりのさめたころ信如に謝ってきたのでした。

しかし、この事件で罪がないのは三五郎である。思うさまに叩かれて蹴られて、その後2,3日は立つのも座るのも苦しい状態が続いた。

しかし、三五郎にとって長吉は大家の子。

三五郎の父親は目上の人に頭をあげたことがない。つまり、祭りの夜のことを父に言ったところで、逆に長吉に謝りに行かされることは必定なのである。

所は変わり、筆屋で美登利と正太郎、小さい子供2,3人が集まって細螺(きさご)はじき(いわゆるおはじき遊び)で遊んでいる。

すると、筆屋の前に誰かが買い物に来た気配が感じられた。

『たけくらべ』第十一章のあらすじ

正太郎はくぐり戸をあけて、顔を出すと、筆屋を訪ねてきたその人はすでに2,3軒先の軒下をたどって歩いていた。

正太郎は「おいお入りよ」と声をかけ、次いで美登利が駆け出そうとしたが、「ああ、あいつだ」と正太郎が一言発して、頭を丸めて見せる。

「信さんかえ」と聞かれて「嫌な坊主ったらない」と返す正太郎。

美登利は去り行く信如の姿をいつまでも見送りますが、訝しがって背中をつつく正太郎。

筆屋へ戻り、大人びた口調で信如と長吉を非難する正太郎。

それを美登利は「子供の癖にませたようでおかしい」と言って頬をつつきます。

正太郎はそれに対して「俺だってもう少したてば大人になる、きれな嫁さんを貰って連れて歩くようになる」と言います。

筆屋の女房から「正太さんはまあ誰にしようと決めてあるえ、美登利さんがいいのであろう?」と図星をつかれ、「そんなことを知るものか、何だそんな事」と照れます。

その一方で美登利の顔は赤らむことなく細螺(きさご)はじきに戻るのでした。

『たけくらべ』第十二章のあらすじ

信如が田町へ向かう時、近道をすれば美登利の住む大黒屋の寮を通ることになる。

ある日用事で田町へ向かった信如ですが、運悪く大黒屋の門の前で下駄の前鼻緒を切ってしまい、立ち往生してしまいます。

信如と知らずにその様子を見ていた美登利は、針箱の引き出しから赤い友禅の布切れを持って急ぎ足に庭から門へやってきます。

それがだれか分かった瞬間、美登利の顔は赤くなり、胸の動悸が早く打ち始めます。信如もふっと振り返って、無言で腋に冷や汗が流れ、「裸足になって逃げだしたい」と思うのでした。

いつもの美登利であれば、祭りでの一軒を信如に問いただす勝気な性格が前にでるのですが、ものも言わず格子の陰に隠れて、かといって立ち去るでもなくただうじうじと胸をとどろかせるばかりです。

『たけくらべ』第十三章のあらすじ

大黒屋の前を通った時から信如は恐ろしく感じ、左右を見ないでひたすら歩いていたのですが、鼻緒を切りなすすべもなく門の前で立ち往生している時の心地は憂鬱なことがどうにも耐えられませんでした。

そこへ美登利がやってくる足音が聞こえたのは、耳から冷や水をかけられるようなものでした。

庭にいる美登利は首を伸ばしてその様子(鼻緒を切らして悪戦苦闘している様子)をのぞき、歯がゆい思いで見ていたが、門の格子の間から手に持つ赤い布切れを黙って投げ出します(布切れを鼻緒の代わりにすることができるので)。

信如はそれを見て知らない顔を作ったため、やるせない思いが目に籠って「何を憎んでそのようにつれないそぶりをお見せになる」と感じるのですが、天候の悪い中庭に立っている美登利に対し、母親が家に戻るように促したため家に入ります。

美登利が去った後、信如がやっと振り返ると、紅入り友禅が雨に濡れ、紅葉の柄の美しいのが自分の足の近くに散らばっている。

立ち上がった信如は、2歩ばかりこの門を離れたものの、友禅の紅葉が目に残り捨てておくのも忍び難く、心を残して振り返った時「信さんどうした?鼻緒を切ったのか?」と不意に声をかけるものがあった。

それは長吉であった。

長吉は自分の下駄を信如に博士裸足のまま去って行く。

信如は思いの残る紅入りの友禅はいじらしい姿空しく、格子門の外に留めておいたのである。

『たけくらべ』第十四章のあらすじ

正太は休みをもらい、大鳥神社の祭礼を楽しんでいた。賑わいの中で、正太郎は美登利を見つける。

その日の美登利は初々しい大島田に結い綿のように絞りばなしをふさふさ掛け、まるで京人形を見るかのような姿であった。

正太郎は美登利の袖をひき「よく似あうね」と甘えるが、美登利は「私は厭でしょうがない」とうつむいて往来の目を恥じるのだった。

『たけくらべ』第十五章のあらすじ

「なぜ今日は遊ばないのだろう、おまえ何か小言言われたのか」と聞く正太郎ですが、美登利は顔が赤らむばかり。

町の喧騒を離れ、自分の家へと美登利は急ぎます。甘えてかかる正太郎を振り切るように物も言わずに。

美登利が大黒屋の門をくぐると、後から続いて寮に上がる正太郎。

すると美登利の母親は「おお正太さんよく来てくださった。今朝から美登利の機嫌が悪くてみんな扱いかねて困っています。遊んでやってくだされ。」と言う。

「かげんが悪いのですか」と真面目に尋ねる正太郎だが、母親は怪しい笑顔になって「少したてば直りましょう」と言う。

正太郎は「美登利さんどうしたの病気なのか」と聞きますが、「誰に打ち明けるみちもなく、ものを言わなくてもおなずと頬が赤くなり、特に何とは言えないけれども次第次第に心細くなる思いで、すべて昨日の美登利の身には覚えのなかった思いが生まれて、ものの恥ずかしさは言い尽くせず」

「ええ厭厭、大人になるのは厭なこと。何故このように年を取る、もう七か月十か月、1年も前に帰りたいのにと年よりじみたことを考えて、正太がここにいるのも思いやれず」

と答え、家に上がった正太郎を追い返します。

正太郎は「お邪魔様でございました」と答え、ふいと庭先から駆け出すのでした。

『たけくらべ』第十六章のあらすじ

大鳥神社での祭りの出店を終え、三五郎は弟妹に「好きなものを何でも買え」と立派なお兄さんぶりを発揮していた。

そこへ正太郎が飛び込んできたので、機嫌よく「何か奢ってあげようか」という三五郎だが、「それどころではない」と答える正太。

「また長吉との喧嘩か」と思い、勇み立つ三五郎でしたが、そうではないとその理由を口ごもる正太郎。

「今日喧嘩がなければ、もうこれから喧嘩は起こりっこない」という三五郎。

実は長吉の片腕であった、龍華寺の信如は近々どこかの坊さん学校に入ってしまうとのこと。

一方で美登利はあの日を境に、生まれ変わった身のふるまいであった。

決して町で遊ぶことはせず、友達とも会わず、あれほど仲良しだった正太とさえ親しくしなかった。

人は訝しんで「病のせいか」とあやぶんだりもしたが母親一人が微笑んでは「今におきゃんの本性あらわれまする、これは中休み」とわけありげに言うだけだった。

龍華寺の信如が自分の宗派の修行の庭に入る噂でさえ、美登利は絶えて聞かなかった。

ここしばらくの妙な様子に自分を自分とも思えずただ何事も恥ずかしいばかりであったのだが、ある霜の降りた朝、水仙の作り花を格子門の外から差し入れておいたものがあった。

誰のしたことか知るすべはなかったけれども、美登利は何故ともなく慕わしい(したわしい)思いがあり、寂しく清き姿をめでていた。

聞くともなく伝えきいたところによると、その翌日は信如が宗派の学校へ入学し袖の色を変えてしまった当日であったということだ。

樋口一葉『たけくらべ』の解説と感想

『たけくらべ』は簡潔に言ってしまえば、美登利と信如、お互い想いあっていた二人が子供だからこそ体験できた恋愛物語をハッピーエンドではない形で結んだ物語なわけですが、単にそれだけの物語ではありません。

  • 子供だからできた恋愛
  • 子供たち同士の関係性と親の職業
  • 水仙の作り花

子供だからできた恋愛

美登利は信如のことが好きです。門の前で鼻緒を切らした信如を見ると、胸の動悸が早くなることからも明らかです。

しかし信如は内気な性格なのに加えて、美登利との関係を周りが冷やかしてしまうことによって、内へ閉じ籠ってしまいます。

しかしながら、最後に水仙の作り花を美登利が住む大黒屋の門へ差しいれたことからも、美登利に対して「迷惑」という気持ちではなく「好意」があったことがわかります。

お互いまだ子供であるために、(特に信如は)自分の気持ちを前に出すことができず、そうこうしているうちにお互い「子供」である期間が終了し「大人」へなってしまいます。この物語の子供たちは、それぞれ進むべき道が「親の職業」によって決められており、それに抗うことはできません。

と同時に「子供」であったが故に交われた登場人物たちが、今後それぞれ進むべき「道」を歩き「大人」になってしまえば、この先恐らくは交わることはないことが示唆されています。特に信如と美登利に関して言えば、将来は僧と遊女です。

信如をが僧の門を叩いた日、つまりは美登利の門に水仙の作り花を差した日が、二人が子供であったが故に恋愛が成り立っていた最後の日となってしまったのです。

「ええ厭厭、大人になるのは厭なこと。何故このように年を取る、もう七か月十か月、1年も前に帰りたいのにと年よりじみたことを考えて、正太がここにいるのも思いやれず」

と美登利は大人になってしまう自分のことを、時の経過を嘆き悲しみます。

大人になるとできることも増えますが、他方で子供にしかできないことはできなくなってしまいます。

大人にならなければいけない子供と、抗うことのできない別れその悲しみを「美登利と信如の恋愛感情」というフィルターを通しつつ、信如の旅立ちという悲しい締め方で、樋口一葉は物語を描いたと言えるでしょう。

子供たちの関係性と親の職業

『たけくらべ』には何人かの個性ある子供たちが出てきますが、子供たちの家族の職業も重要なキーワードとなっています。

美登利の姉は遊女であり、そのことを横町の長吉になじられます。

信如は和尚の息子ですが、そのため勉学に長けており学校のなかでは一目置かれる存在となっています。

三五郎の親は人力車夫をしており、それゆえに三五郎の家族は貧乏。表町の正太郎の親に金を借りていることから、三五郎は正太郎に恩を感じています。

何よりも、美登利と信如は共に将来を家族の職業に縛られています。僧と遊女という職業の二人が将来共に人生を歩んでいくという道はあり得ません。

自由に思える子供同士の関係性の中にも、こうした親や家族の職業が深く関わっており、『たけくらべ』の中ではそれが悲しい結末へと繋がっていきます。

水仙の作り花

物語の最後に、信如は美登利が住む大黒屋(の寮)の門に、水仙の作り花を差します。

実は物語の中で、美登利と信如はほとんど会話を交わしていません。それどころか、美登利の信如に対する感情の揺れ動きは描写されますが、信如は美登利に対してどのような感情を抱いていたかは不明寮です。

しかし、最後に信如が水仙の作り花を美登利に対して贈ることで、信如もまた美登利に対して好意を抱いていたことがハッキリとします。

また、大黒屋の門は美登利の住む吉原の世界と、信如が住む仏の世界を隔絶する象徴として描かれています。

美登利はこれから遊女として、信如は僧として異なる生き方を強いられます。大黒屋の門で隔てられた二人の人生はこの先恐らく交わることはないでしょう。

しかしその大黒屋の門を通じて、美登利は「赤い友禅の布切れ」を、信如は「水仙の作り花」を送ります。隔絶されたふたつの世界ですが、それでもなおお互いの思いを象徴するものとして、「赤い友禅の布切れ」と「水仙の作り花」は描かれています。

たけくらべ論争「美登利の変化」

『たけくらべ』を読む上で避けて通れないのが「美登利の変化」であり、これは「たけくらべ論争」として有名です。

『たけくらべ』十四章で、大鳥神社の祭礼を楽しんでいた正太郎は、人込みの中で京人形のように着飾られた美登利を見つけます。

その日以来美登利の性格は一変、陽気だった少女は内気な性格へと変わってしまうのです。突如として訪れる性格の変化。

しかし、樋口一葉はその原因を明確に小説の中では記述していません。

その原因として、次のようなことが考えられています。

美登利の初潮説

これは美登利が初潮を迎えたから、というものです。

1985年まではこれが定説であり、異論は生まれませんでした。

しかし、同年作家の佐多稲子が「初店説」を展開します。

美登利の初店説

「初店説」とは美登利がお店(大黒屋)で初めてお客を取った、つまりは「SEXをして処女を喪失した」という説ですね。

当時の吉原では、初めてのお客にはSEXに馴れた年配の男性があてがわれていたようです。正太郎が大鳥神社の祭礼で美登利を見かけた日、美登利は初めてお客の相手をしていたのでしょうか?

美登利の検査場説

「検査場説」とは、美登利が遊女となるまえに遊郭に隣接した「検査場」で遊女になるための検査を受けた、というものです。

当時の吉原では、遊女になる前に検査を受けることが義務付けられており、遊女になることがどのようなものであるかを知った美登利は性格が一変してしまった、という説です。

『たけくらべ』論争、個人的な見解

たけくらべ論争はいまだにその結論が出ていないことからわかるように、いずれの説も矛盾が生じます。

初潮説は、「初潮が来たくらいで性格は一変しないでしょ?」という意見があります。確かに、それまで明るかった美登利が初潮を体験したことにより、友達とも会おうとしなくなるというのはあまりにも大げさです。

初潮を迎えた女性は一般的に性格が一変するでしょうか・・・?しないですよね。

初店説と「検査場説」は、「美登利が吉原で働く年齢に達していなかった」という反論があります。物語中の美登利は14歳、当時の吉原では16歳未満の少女は働くことが法律で禁じられていた、というものです。

確かに、当時法律で許されていなかったことを、当たり前の行為のように書くことはおかしいですよね。

じゃあ、結局何なの?って話になると思いますが笑。

『たけくらべ』は100年以上前の作品であり、作者の樋口一葉すでに他界しています。本当のところは樋口一葉に聞かないとわからないので、誰も真相を知ることはできないでしょう。

ただ、美登利のセリフである

「ええ厭厭、大人になるのは厭なこと。何故このように年を取る、もう七か月十か月、1年も前に帰りたいのにと年よりじみたことを考えて、正太がここにいるのも思いやれず」

ということからもわかるように、自分が子供ではなく大人になってしまうことを知ってしまったのは事実です。初潮も確かに子供から大人への階段を上る儀式であることは間違いないですが、やはり性格を一変させてしまうほどの出来事とは思えません。

何らかの理由により、それは実際にお客の相手をしたからのか検査をしたのかはわかりませんが、少なくとも「姉の遊女の仕事がどのようなものであるかを知ってしまい、自分も近い将来その仕事を行うことを知ってしまった」というのがスッキリする解釈ではないでしょうか。

 

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