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太宰治『人間失格』のあらすじと感想|太宰は本当に人間失格だったのか?

投稿日:2019年8月1日 更新日:

人間失格

この記事では太宰治の小説のなかで最も言ってよいほど有名な『人間失格』のあらすじと感想を書いています。

この小説はタイトルからもわかるように全体的に暗く退廃的な文章で構成されていますが、人間の本質をえぐり取るような鋭い観察力と読者を惹きつける表現方法で読む者の心を捉えてきます。販売された部数は600万部以上と、日本の歴代小説販売部数の第三位に位置しています。

『人間失格』は何がすごいのか?

人間失格は太宰治の作品の中で最も有名な作品の中の一つと言えるでしょう。

物語の大部分を占めるのは「手記」なのですが、その「手記」は全て一人称「自分」で語られます。そしてこの『人間失格』は太宰治の人生とリンクする部分が多くなっており、『人間失格』を書いた後に太宰治は女性と心中自殺をしていることから、『人間失格』は太宰治の遺書であるとも言われています。

皆さんは「遺書」を書こうとしたとき何を書かれるでしょうか?

残された人に対する感謝の気持ちや、自分がどのような人生を送ったか、何故死に至ろうとしたか、今どういう気持ちなのかといった内的な部分をさらけ出すことになるでしょう。

まさにこの『人間失格』は太宰治が人生についてどのように考えているかについて、内面吐露の描写が散在しています。

例えば『人間失格』では人間の幸せについての悩みを次のように描写しています。

自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食い違っているような不安、自分はその不安のために夜々、輾転し、呻吟し、発狂しかけたことさえあります。

自分は、いったい幸福なのでしょうか。

自分は小さい時から、実にしばしば、仕合わせ者だと言われてきましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合わせ者だと言った人たちの方が、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

太宰治は東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業したエリートです。その太宰治が人間の苦悩を探求し、人が人間的に生きようとすれば「人間失格」になるとう事実を人生の最期を賭して書き上げた作品であり、その物語は読者の心に深く突き刺さることになるのです。

『人間失格』の章構成

太宰治の『人間失格』は次の5つの章からなります。

  • はしがき
  • 第一の手記
  • 第二の手記
  • 第三の手記
  • あとがき

この作品は、「はしがき」と「あとがき」の書き手である「私」が「ある男」に関する3枚の写真と手記を手に入れることから始まります。「はしがき」で「ある男」の写真を見た感想を述べた後、「第一から第三の手記」の内容が公開され、「あとがき」でその写真と手記を得た経緯と「ある男」に関する情報を客観的に記述するという構成になっています。

第一から第三の手記において「ある男」が主観的に自己の内部を徹底的に考察し独白を行い、「はしがき」と「あとがき」では第三者からの視点で「ある男」についての考察がされます。ある男の自分自身に対する主観と「ある男」第三者から客観的に見た場合とでは違い、つまり自分が考える自分と他人が考える自分との間との「ズレ」が描かれます。

果たして「ある男」は自分からも他人からも「人間失格」の烙印を押されるのでしょうか?

太宰治『人間失格』人物相関図

あらすじに入る前に登場人物を簡単に紹介しておきたいと思います。

人間失格人物相関図

ヒラメ

葉三がある理由により高校を退学になった時、身元引受人となった男性。実家で議員をしている父親から頼まれ、葉三を監視している。

竹一

葉三の中学時代のクラスメイト。葉三は道化、つまり自分を押し殺して他人の気持ちに沿うように生きているのだが、それを見破ってしまう。恐怖にかられた葉三はさらなる道化で竹一を丸め込もうとする。

堀木

葉三が東京へ出てきたときに出会った、6つ年上の男性。葉三に酒・女・非合法活動など、現実からの逃避方法を教える。悪友。

ツネ子

カフェー(キャバクラ)の店員。人間社会の営みに疲れ、葉三に「死」をほのめかし、葉三は承諾するのだが。

シゲ子

堀木の仕事関係者で、行く当てのない葉三の世話をする男勝りの女性。

ヨシ子

葉三曰く「信頼の天才」。それゆえに葉三の心を捉えて結婚にいたるが、「信頼の天才」故に悲劇が起こります。

 

太宰治『人間失格・はしがき』 あらすじ

物語の導入部であるはしがきでは、「私」がある男(大庭葉三)の3枚の写真を見るところから始まります。1枚目は子供の頃の写真、2枚目は学生の頃の写真、最後の写真は年齢がわかりません。

1枚目の写真は10歳前後かと推定されるが、見れば見るほど、イやな薄気味悪いものが感ぜられてくる。

2枚目の写真は高等学校時代か、大学時代かはっきりしないが、とにかくおそろしく美貌の学生である。しかしこれもまた不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。

最後の写真は最も奇怪なものであり、どんな表情もない。自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉な匂いのする写真であった。

どの写真も「私」にとっては奇妙に感じられ、「人間味が無く、私はこれまでこんな不思議な男の顔を見たことが一度も無かった」

と「私」によりその男の印象が語られます。

太宰治『人間失格・第一の手記』 あらすじと解説

ここからは男(大庭葉三)の手記が公開されていきます。

道化でしか人と繋がれない幼少期の自分

「恥の多い生涯を送ってきました」で始まる手記は、男の退廃的な人生を象徴します。

自分(大庭葉三)は人間の営みというものが未だに何もわからず、隣人の苦しみの性質や程度がまるで見当がつかず、考えれば考えれるほど不安と恐怖に襲われる人物です。

それゆえ葉三は隣人とほとんど会話ができません。何をどう言ったらいいのか、わかならないのです。

ある時、葉三の父(国会議員)の属していた政党の有名人が町で演説会を開きます。この町の特に父と親しくしている人たちは、みなおおいに拍手などします。しかし演説が済むと、くそみそに演説会の悪口を云い、そして彼らは葉三の家に立ち寄って、「今夜の演説会は大成功だった」と葉三の父に言いいます。

葉三にとって、このように欺き合っていながら「清く明るく」生きている人間は難解で、人間は自分に対する信用の殻を固く閉じていると感じます。

そんな状況を打破するために葉三が考え出したのは「道化」でした。それは葉三が人間に対する最後の求愛だったのです。

例えば、父が仕事で上京する前「今度帰るときはどんなお土産がよいか」を聞かれた時、何も欲しくなくなる葉三ですが、それを言って父を失望させることが何よりも恐怖に感じます。葉三はその夜、父の手帳のお土産リストに欲しくもない「獅子舞」を書き、父親の機嫌をとることで恐怖から逃れるのでした。

そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必至の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

解説:『人間失格・第一の手記』

現実の太宰治は、青森県の大地主の子として裕福に育ちます。子供の頃から秀才でありましたがその反面、おどけてクラスメイトを笑わせる人気者だったようです。

『人間失格』の葉三は「道化」により他人を笑わせることに腐心しますが、太宰治の幼少期も実はおどけているふりをしているだけで内心は他人との接触に恐怖をしていたのかもしれません。

幼少期は誰でも多かれ少なかれ他人や大人の考えていることなんてわからないものですが、『人間失格』の葉三はそれが過度であり人に対する恐怖心から「道化」によってでしか人と接することができない人間であることが描かれています。

太宰治『人間失格・第二の手記』あらすじと解説

第二の手記では、中学へ進学して東京へ出てきた葉三の手記が公開されます。

道化を見破られる葉三

中学に入った葉三は生まれて初めて他郷へ出ることになり、そこでも今まで培った道化の技術を活かしてクラスの人気者になります。

クラスの中には、最も貧弱な肉体をして学業も少しもできない「竹一」という子がいました。

ある体育の授業でクラスの笑いをとるためにわざと鉄棒で失敗した葉三ですが、その竹一から背中をつつかれ「ワザ。ワザ」と言われます。

自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。

自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上がるのを眼前に見るような心地がして、わあっ!と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

ワザと失敗したことを竹一に見破られてしまった葉三は、それからの日々は不安と恐怖との戦いになります。

葉三は竹一を手懐けるため、偽クリスチャンのような「優しい」微笑を湛え、猫なで声に似た甘ったるい声で彼を自分が寄宿している家に遊びに来るようしばしば誘いますが、葉三は首を縦に振りません。

しかしある初夏の夕立の日、傘を持たない竹一を半ば強引に手を引っ張って自分の部屋に誘い込むのに成功した葉三は、雨のせいで耳だれが悪化した竹一を自分の膝を枕にして寝かせて念入りに掃除してやるのでした。竹一もさすがにこれが偽善の悪計であることには気づかなかったようでお前は、きっと、女に惚れられるよとお世辞を言うほどでした。

しかしこの予言は恐ろしい悪魔の預言のようなものになることを、葉三は後年に至り知ることとなります。

またゴッホの自画像を「お化けの絵」と言う竹一の言葉から、葉三は自分が見たものを信じてそれを見えたまま表現することを学びます。それにより自画像の制作に取り組んだ葉三ですが、出来上がった肖像画はとても陰惨なものでした。

自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上がりました。

しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方がない、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。

しかしその自画像を見た竹一はお前は、偉い絵かきになるというもう一つの預言を葉三に与えるのでした。

自分と堀木との出会い

竹一から二つの預言を得た葉三は、やがて高校進学のため東京へ出てきます。

青春の感激とか、若人の誇りだとかいう言葉に寒気を感じ高校へ行くのがおっくうになった葉三ですが、通っていた画塾で大都会の与太者である6歳年上の堀木正雄と出会います。

葉三は東京に出てから、一人で電車に乗ると車掌が恐ろしく、レストランへ入ると皿が開くのを待っているボーイが恐ろしく、勘定を払う時にはぎごちない自分の手つきに半狂乱の気持ちになり買った品物を持ち帰るのを忘れたことさえあったほどでした。

しかし堀木と一緒であると、二人で歩いて疲れ、気まずい沈黙に陥る危惧が全くありません。それは堀木が聞き手の思惑をてんで無視して、いわゆる情熱の噴出するがままにくだらないおしゃべりを続けるからでした。しかし、葉三は堀木を「馬鹿なひとだ」と軽蔑さえします。

ただ遊ぶだけだ、遊びの相手として付き合っているだけだ、とつねに彼を軽蔑し、時には彼との交友を恥ずかしくさえ思いながら、彼と連れ立って歩いているうちに、結局、自分は、この男にさえ打ち破られました。

堀木から酒、たばこ、淫売婦(風俗)、質屋、左翼思想などを学び、それらが一時でも人間恐怖を紛らすことのできる手段であることを葉三は知ります。淫売婦は葉三にとって、人間でも女性でもない狂人のように思え、その懐の中ではぐっすりと眠ることができたのです。そうして淫売婦により女の修行をした葉三は「女達者」という匂いがつきまとうこととなります。

また葉三は共産主義者の会合に出席するようになります。が、それはマルクス(共産主義)に親愛感があったからではなく、非合法であることが遙かに楽しく感じられ居心地がよかったからです。世の中の合法というもののほうが葉三にとっては恐ろしいものであり、非合法の海に飛び込んで泳いで死に至る方がいっそ気楽に感じられたのです。

ツネ子との心中未遂

このように非合法の世界に於いて一見健康に振舞うことができていた葉三でしたが、学校の出席日数が足りないことや日に日に忙しくなる左翼活動(共産主義の活動)、そして親からの資金的援助の枯渇などから逃避するために、自殺を試みることとなります。

その時葉三に特別の好意を寄せていた女性は3人いましたが、その中の一人にツネ子という、詐欺で刑務所に服役している人妻がいました。金のないもの同士の親和感から、生まれて初めて恋の心の動くのを自覚した葉三ですが、人間としての営みに疲れたツネ子の口から「死」という言葉が出ます。

金・左翼活動・学業・女。それらのことから逃げたい葉三は気軽にその提案に同意します。

自殺をする朝、二人は喫茶店にはいり牛乳を飲みますが、支払いをしようとした葉三の財布にあったのは銅線が3枚。支払いができません。その様子をみたツネ子は葉三に言葉を投げます。

「あら?たったそれだけ?」無心の声でしたが、これがまた、じんと骨身にこたえるほどに痛かったのです。はじめて自分が、恋した人の声だけに、痛かったのです。それだけでもこれだけもない、銅銭3枚は、どだいお金ではありません。それは、自分が未だかつて味わったことの無い奇妙な屈辱でした。とても生きておられない屈辱でした。

その夜二人は鎌倉の海へ一緒に入水をしますが、死んだのはツネ子だけでした。

女の人は、死にました。そうして、自分だけ助かりました。

解説:『人間失格・第二の手記』

中学へ進学し、そこでも「道化」により人気者になる葉三ですが、クラスメイトの竹一に「道化」を見破られます。しかしまたも「道化」により竹一を手なずけることに成功します。そして、「女に惚れられる」「偉い絵かきになる」という予言を得ますが、この予言はこの葉三の人生の大きなキーワードとなります。

高校進学と同時に東京へ出てきた葉三は堀木という男と出会います。

実際に太宰治が東京へ出てきたのは、大学入学時ですので小説の葉三とは差異があります。しかしながら太宰治が人生で大きな転換点を迎えたのは高校生の時であり、左翼活動と芸者遊びに没頭していったのも高校生の頃でした。

「道化」に疲れた葉三は酒・女・非合法活動により、自分の居場所を確保(現実からの逃避)するのですが、左翼活動の活発化と学業不振、経済的困難により疲弊。同じく悩みを抱えるツネ子に恋愛感情の火口を垣間見つつも、それが仇となり心中を図り、女性だけを死なせてしまいます。

現実の太宰治も21歳の時に田部シメ子という女性と心中未遂をしており、女性だけが死ぬという事件を起こしており、その事件が小説内で再現されています。

太宰治『人間失格・第三の手記』 あらすじと解説

鎌倉での心中事件は女性だけの死という哀しい結末になりました。最後の手記となる第三の手記では葉三の絶望と希望、「人間失格」に至るまでの経緯が描写されます。

シゲ子との出会いと別れ

葉三は高校からは退学処分を受け、ヒラメという骨董商のところに世話になります(半ば監視されて軟禁状態となります)。ヒラメにこれからのことについて聞かれて「画家になる」と答える葉三でしたが、ヒラメは「へええ?」と笑います。

軽蔑の陰にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その生みの千尋の深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奥底をチラっとの覗かせたような笑いでした。

葉三はヒラメの家から逃げますが「親友」がいないため途方にくれます。誰とも、付き合いがない。どこへも、訪ねて行けない。堀木。そう、「遊びの相手」として軽蔑さえしていた堀木しか、葉三には頼る相手がいなかったのです。

この世の中でたった一つの頼みの綱は、あの堀木なのか、と思い知ったら、何か背筋の寒くなるような凄まじい気配に襲われるのでした。

堀木を訪ねると、そこには堀木にカットだか何だかを頼んでいた雑誌社の女性がいました。女性は28歳で、夫とは3年前に死別し5つになる女児(シゲ子)とアパートで暮らしています。

「あなたを見ると、たいていの女の人は、何かしてあげたくなる」というシヅ子。葉三はシヅ子と男妾(ヒモ)みたいな生活をすることになります。シヅ子の紹介により漫画を描いて生計をたてる葉三でしたが、自分の心細さ、うっとうしさはつのるばかりです。

葉三はシヅ子の子供シゲ子に懐かれていますが、ある日シゲ子から「本当のお父ちゃんが欲しい」と言われます。相手に拒絶されることが何よりも怖い葉三ですので、シゲ子に「父親が欲しい」といわれることで葉三にとってシゲ子は敵となってしまいます。

酒の量が増え、シヅ子の衣類を質に入れてはお金を作り、飲んで外泊するようになる葉三。

いつものようにお酒を飲み、足音を忍ばせてアパートのシヅ子の部屋の前まで来ると、中からシヅ子とシゲ子の幸せそうな低い笑い声が聞こえてきます。それを聞いた葉三は、この幸せを壊すのは自分に違いないと思い、そっとアパートを出て行くのでした。

幸福なんだ、この人たちは。自分というバカ者がこの二人の間にはいって、いまに二人を滅茶苦茶にするのだ。

つつましい幸福。いい親子。幸福を、ああ、もし神様が、自分のような者の祈りでも聞いてくれるなら、いちどだけ、生涯にいちどだけでいい、祈る。

ヨシちゃんとの出会いと結婚

シヅ子のアパートを離れた葉三は、スタンドバーの2階にまたしても男妾の形で寝そべるようになり、卑猥な雑誌に漫画を描くなどして生計を立てます。

その頃、葉三に酒を止めるようすすめる処女がいました。

バーの向かいにあるタバコ屋の17,8歳のヨシちゃんという、色の白い、八重歯のある子です。ヨシちゃんの表情には、あきらかに誰にも汚されていない処女の匂いがします。

ある日ヨシちゃんと「お酒を止めたらお嫁になってくれる」と約束した葉三でしたが、あくる日もまた昼から飲んでしまうのでした。葉三が明らかに酔っているさまを見てヨシちゃんは「昨日約束したんですもの。飲む筈が無いじゃないの。飲んだなんて、ウソ、ウソ、ウソ」と返します。

こうして汚れを知らぬヴァジニティの尊さに触れた葉三は、「信頼の天才」であるヨシちゃんと結婚をします。しかしこの結婚はやがて悲劇へと繋がっていくのです・・。

そうして自分たちは、やがて結婚して、それに依って得た歓楽は、必ずしも大きくありませんでしたが、その後に来た悲哀は、凄惨と言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやってきました。

自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそろしいところでした。

ヨシちゃんが犯される

ヨシ子(ヨシちゃん)と結婚し、木造二階建ての小さいアパートで暮らす葉三ですが、堀木とは旧交をあたため続けます。

ある蒸し暑い夏の夜、堀木と葉三がアパートの屋上で納涼の宴を張っていた時のことです。アパートの部屋でそら豆を煮ているヨシ子のところへ、堀木がおつまみを取りに行いきますが、顔色を変えて戻ってきます。

自分の部屋の上の小窓があいていて、そこから部屋の中が見えます。電気がついたままで、二匹の動物がいました。

ヨシ子は、葉三に漫画を描かせてははわずかなお金をもったいぶって置いて行く30歳前後の無学な小男の商人に犯されたのです。

葉三はぐらぐら目まいしながら、これもまた人間の姿だ、これもまた人間の姿だ、おどろく事は無い、など劇しい呼吸と共に胸の中で呟き、ヨシ子を助けることも忘れ、階段に立ち尽くします。

ヨシ子は信頼の天才なのです。ひとを疑う事を知らなかったのです。しかし、それゆえの悲惨。神に問う。信頼は罪なりや。

ヨシ子はその夜から葉三の一顰一笑にさえ気を遣うようになってしまいます。葉三がいきつくところはアルコールだけになり、焼酎を買うために猥褻な絵を書いては密売し、ヨシ子にいまわしい地獄の愛撫を加えて眠る日々になります。

ある夜遅く泥水して帰宅した葉三は、リビングで砂糖入れの中から睡眠薬を発見します。いつかは死ぬつもりでヨシ子が購入したことを悟った葉三は、全部一気に口の中にほうり、飲み干し、三日三晩生死をさまよいますがが、一命はとりとめます。

この件以来ヨシ子は以前よりも尚いっそう葉三に対しておろおろして、何を云っても笑わないようになってしまいます。

モルヒネ中毒、そして人間失格

ヨシ子との関係が冷え切ったある日大雪の降った夜、葉三は喀血します。

その治療薬を貰った薬屋の奥さんと親しくなった葉三は、「たまらなくなった時の薬」としてモルヒネ(モルヒネは強い依存性があります)を渡されます。薬の効果はてきめんで、不安や焦燥も綺麗に除去されますが、1日1本が2本、4本となった頃には、もうモルヒネなしには仕事が出来ないようになっていました。

薬を渡すことを躊躇する薬屋の奥さんに、抱き着いてキスして、モルヒネを得る葉三。そして遂には、奥さんと文字通りの醜関係をさえ結びます。今夜一気に10本注射し、大川に飛び込もうと覚悟を決めたその日の午後、ヒラメと堀木が葉三の前に現れます。

喀血したことを知った堀木は、いままで見たこともないくらいに優しく微笑んだのです。

堀木とヒラメ、ヨシ子もいれて4人は車に長いこと自動車にゆられ、療養のため森の中の大きい病院に到着します。

若い医師のいやに物やわらかな丁重な診察を受け、或る病棟にいれられて、ガチャンと鍵をおろされます。ここはサナトリウム(療養所)ではなく、脳病院だったのです。こうして葉三は罪人どころではなく狂人となったのです

人間、失格。もはや自分は、完全に、人間で無くなりました。

三か月後、故郷の長兄がヒラメを連れて葉三を引き取りにやってきます。

田舎で療養生活をするように言う長兄に、故郷の山河が眼前に見えるような気がしてきて、葉三は微かに頷くのでした。

田舎へ戻った葉三は、生まれ育った町から汽車で4,5時間のところに女中と共にひっそりと暮らしています。

いまは自分には、幸福も不幸もありません。

ただ、一切は過ぎて行きます。

自分が今まで阿鼻叫喚で生きてきた所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。

ただ、一切は過ぎていきます。

自分は今年、27になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、40以上に見られます。

解説:『人間失格・第三の手記』

心中未遂により女性を一人死なせてしまった葉三は高校を退学になり、父親の意向によりヒラメという人物の監視下におかれます。

その後シゲ子という女性の世話になるものの、子供との幸せを壊したくないために離れ、スタンドバーでヒモ生活を送りますが「信頼の天才」であるヨシ子と結婚。人間並みの生活を送れそうだと思っていた矢先、「信頼の天才」であったたゆえに、男に犯されてしまいます。

自暴自棄になった葉三は酒に溺れる日を過ごし、ある日キッチンで大量の睡眠薬を発見。服薬して自殺未遂を図ります。

この件により一層ヨシ子との距離が離れた葉三ですが、ある日喀血をします。薬局で、常習性のあるモルヒネという薬を「堪らなくなった時の薬」としてもらった葉三は、モルヒネ中毒となります。薬が欲しい葉三は薬局の奥さんと関係を持ち、薬物依存が酷くなるばかり。

一度に摂取して死のうと思っていたある日の夕方、堀木とヒラメが現れて葉三を病院へ連れて行く。そこは療養施設ではなく、精神科病棟だった。

人間失格の烙印を押された葉三は田舎へ帰り、ひっそりと暮らす。以上が第三の手記の概要です。

実は太宰治が精神科病棟へ入院していたというのは本当のことです。

盲腸炎で入院していた太宰治は、鎮痛目的で処方された麻薬性鎮痛剤が不安を和らげる作用のあることを知り、病院からアンプルを盗み自己注射し始めます。退院後も療養先の薬局で、薬を入手。薬物中毒となり、薬を買うために借金を重ねる、言動が異常になるなどしたため、精神科病棟へ入院させられます。

この体験は翌年『HUMAN LOST』として発表され、人間失格の原案ともなります。

またヨシ子は作中で犯されてしまいますがこれはフィクションで、実際の太宰治は妻の不倫という憂き目に会っています。

太宰治が精神科病棟へ入院中、太宰に会えないことを寂しく思った妻の初代は太宰の義理の弟と男女関係を結びます。太宰の退院後それがバレてしまうのですが、太宰と初代は服薬自殺未遂を起こします。そして太宰はその後小説を書くことなく1年半、廃人のような生活を送っていることから、物語中の葉三と同様大きなショックを受けたに違いありません。

太宰治『人間失格・あとがき』 あらすじ

あとがきでは、この手記を託された「私」がそれを手にするまでの経緯が語られています。

実は「私」は手記に出てくるバーマダムのお店に何度か足を運んでおり、10年ぶりにそのマダムに出会い、葉三から送られてきたと思われるこの手記を託されたのでした。

マダムが言うことには、葉三が今生きているかはどうかはわからない。10年前にお店にノートと写真が送られてきたが、送り主は住所も名前も書いていなかったとのこと。

マダムは最後に、葉三に対する人物像を次のように述べて物語は終わりになります。

「あの人のお父さんが悪いのですよ」何気なさそうに、そう言った。「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気が利いて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも・・・神様みたいないい子でした。」

太宰治『人間失格』 感想

物語の概要は以上なのです。物語のおさらいと感想を付け加えておきたいと思います。

太宰治『人間失格』真に人間らしく生きた結果の破滅

主人公の葉三は言ってみれば宇宙人の居る星へ急に放り出された人間ですそう考えるとわかりやすいでしょう。他人の考えていることがわからない、コミュニケーションがとれない、欺き合っていながらもそれをヨシとする人間社会がわからない。

我々が生きている人間社会でも、他人の考えや社会の仕組みを100%理解できる人間なんていないでしょう。恐らく理解できないものはそういうものとして、思考を放棄するはずです。しかし物語の主人公葉三は、理解できないことに苦しみます。

そんな周りが全員宇宙人な状況の中で、それでも葉三は人間らしく生きようとしています。宇宙の中でなんとか生きていく手段を考えた時に「道化」を思い付き、それによりなんとか葉三は異郷の地で生きていくことが可能になります。

東京の高校へ進学した葉三は、堀木というこの世の人間の営みから離れた、つまり葉三と同じ境遇の人間に出会います。堀木から酒・女・左翼活動といった世界からの逃避ツールを手に入れた葉三ですが、金が尽きてしまいます。この世からの逃避には金が要るのです。

同じころ生まれてはじめて葉三が恋愛らしき感情を抱いた相手ツネ子は、人間の営みに疲弊してたため「死」を口にし、お金の尽きた葉三もまたそれに同意します。結果ツネ子だけ死ぬという悲劇が起こり、葉三はヒラメの監視下におかれてしまいます。

ヒラメや堀木は葉三のことを心配するふりをしますが、それらは結局自己保身です。そんな欺瞞に満ちた人だらけの中、「信頼の天才」であるヨシ子と出会います。周りの人たちの言動により信頼の殻を被っていた葉三でしたが、自分のことを信頼しかしない女性と出会い、結婚します。

そして、その「信頼の天才」であるが故に男に犯されてしまいます。絶望しかありません。この世に救いは無いと感じたことでしょう。

ここまで葉三が行った行動に間違った行動はあったでしょうか?なかったはずです。

葉三が行ったのは人間らしさの追求、自分を偽らず真実に従って生きた結果がこの悲劇を産んでいます。裏を返せば、人が(葉三にとっては異邦の地である)人間社会で真に人間らしく生きていこうとすれば、破滅するということが示唆されています。

葉三はヨシ子が汚されたことを契機として自殺未遂をし、薬物中毒になり、精神科病棟へ入院、最後に人間失格となるわけです。

これらの過程において、葉三のような真摯に生きている人間にしか見ることができない、通常の人間であれば素通りしてしまうような、堀木やヒラメの偽善や醜さがて露わになっており、そう考えると真に人間失格なのは本当に葉三なのか?という疑問が湧いてきます。

最後の救い「葉ちゃんは神様みたいないい子でした」

最後にスタンドバーのマダムは葉三のことを「神様みたいないい子でした」と言っています。

葉三の手記の中では葉三は人間失格です。他人の気持ちを過度に恐れ、それを避けるために女・酒・違法活動へ逃げる。心中に失敗して女性だけを死なせてしまう。挙句の果てに薬物中毒になり精神科病棟へ入院させられてしまいます。罪を犯すだけでなく人間としても見てもらえない、人間失格。

しかしこれらはすべて葉三の主観です。

「あとがき」でスタンドバーのマダムから「客観的な葉三についての意見」を聞くと、その答えは「神様みたいないい子」です。

つまり他者からみれば葉三は人間失格どころか「神様のようによくできた人間だった」ということになります。葉三自身が自分を「他人のことが何もわからない、道化でのみこの世と繋がっている人間」と評価する一方、第三者からみれば真逆。ここで葉三が生きてきたことが全肯定されています。

これを書いているのは太宰治なわけで、太宰治が小説中の第三者を使って自分(葉三)のことを「神様みたいな人」と言わせているのは不思議な感覚に陥ります。

が、太宰治的には「おかしな」社会の中で真に人間らしく生きようとして破滅した葉三のことを肯定したかったのだと思います。太宰治は「確かに破滅したのは葉三だが人間失格なのはお前じゃない。失格なのは周りの社会の方で、むしろ葉三は真に人間らしい神様のような生き方をしたんだよ」ということを言いたかったのではないかと思われます。

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この記事では、樋口一葉の小説『裏紫』のあらすじと感想、そして解説を書いています。この小説では、樋口一葉の作品としては初めて女性の不倫がテーマとなっているのですが、一葉の死により物語は未完のままです。 …