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太宰治『道化の華』あらすじと感想|人を死なせた贖罪は?

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道化の華

この記事では太宰治『道化の華』のあらすじと感想を書いています。

『道化の華』は太宰治が田部シメ子と起こした心中未遂事件を元にした作品、というよりは、心中未遂事件を乗り越えて太宰治がどう生きていくのかを考察した作品であると思います。

その意味とあらすじをわかりやすく書いていますのでご覧ください。

太宰治『道化の華』の背景

太宰治は1930年11月にカフェーの店員、田部シメ子と鎌倉の海岸で薬物による自殺を試みます(心中を計っています)。

この心中事件は女性の田部シメ子だけが死ぬという痛ましい事件となり、太宰治は自殺ほう助の疑いで取り調べを受けています。

この事件を担当した刑事は偶然にも太宰治と同郷の人物であり、地元の資産家であった島津家の長男文治の暗躍もあり、起訴猶予処分となっています。

この作品はその田部シメ子との自殺未遂事件を描いたもので、物語の途中で書き手である太宰治が直接登場する点で、少し変わったものとなっています。太宰治が途中で登場して、この小説に対する出来不出来を考察したり、登場人物や自分の創作に弁明を行ってのです。

そして主人公である大庭葉三と作者である太宰治、どちらの発言かがわからない表現がみられるのです。

このような通常の小説とは異なる点から、この作品は実際に心中で一人の女性を殺してしまった自分がどのように生きるべきかを再考した作品であると考えられます。

太宰治『道化の華』登場人物

作者

太宰治。大庭葉蔵のモデルであり、この物語の筆者。物語途中で出てきて、物語の解説や感想などを記していく。

大庭葉蔵

この物語の主人公。心中未遂の結果、相手の女性だけを死なせてしまう。この物語は大庭葉蔵が入院中の4日間の出来事を小説にしたものである。

飛騨

葉蔵の友人。名の無い彫刻家。

小菅

葉蔵の親戚であり友人。

真野

看護師。葉蔵の付き添い担当。過去に自殺未遂の男性を担当したことがある。

葉蔵の兄

太宰治の実兄、である長兄文治がモデル。心中未遂の後始末を担当。

太宰治『道化の華』あらすじ

『道化の華』導入部分

ここを過ぎて悲しみの市 

という言葉で『道化の華』の物語は始まります。この言葉はダンテの『神曲』の地獄の門に彫られている言葉が引用されています。

友はみな、僕からはなれ、かなしき眼をもて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑え。

ああ、友はむなしく顔をそむける。友よ、僕に問え、僕は何でも知らせよう。僕はこのてもて、園をみずにしずめた。

僕は悪魔の拷問さもて、われよみがえるとも園は死ね、と願ったのだ。

もっと言おうか。ああ、けれども友は、ただかなしき眼もて僕を眺める。

自分を悪魔と呼び、園を死なせてしまい、友が離れていく様を「悲しみの市」と表現しています。

太宰治『道化の華』葉蔵と友達

青松園という海浜の療養院に主人公である大庭葉三は入院してきた。女性と一緒に身を投げたのに、男は帰帆の漁船に引き上げられ、命をとりとめたのだ。

明け方になると、女性の死体は波打ち際で発見された。

葉三が目を覚ましたのは療養院の中だった。葉三には真野という看護師がひとり付き添っていたが、刑事たちの取り調べが終わり、席を外していた真野が病室へ戻ると、葉三は嗚咽していた。

午後になり一人で歩けるほど回復した葉三の元に、友人の飛騨が訪れる。

飛騨は名のない彫刻家で、無名の洋画家である葉蔵とは中学時代からの友達であり、飛騨にとって葉蔵とはあこがれの人間であった。

しかし病床で心中未遂をした葉蔵の顔をまともに見れない飛騨の煮え切らない態度を葉蔵は憎く思うのであった。

次に病室へ現れたのは葉蔵と親戚で、葉蔵とは3つ年の違うが隔ての無い友達である小菅である。

小菅と飛騨はともに本気の論議を行わない。争いを嫌がるのである。例えば「否」という言葉でさえ十色くらいには何なく使い分けるのだ。

例えばあくる朝、笑顔が見られる葉蔵に自殺に関することを話題にのぼらせるが、それらもまたお互いの思想を交換するものというよりは、そのばの調子を居心地よく整えるためになされるものであるのである。

入院患者の女性を葉蔵が気に留めているなど、飛騨と小菅のとりとめのないやりとりや、葉蔵が入院している病室から笑い声が聞こえるなど、自殺未遂後の入院患者とは思えない軽い雰囲気が語られる。

自殺に対して「失敗かどうかは、一口には言えない」という葉蔵に対し、小菅は「思想の行き詰まりだと思う」と述べます。

飛騨は間髪入れずに「それもあるだろうが、つまりは惚れていたのさ。いやな女と死ぬ筈がない」と言いいますが、葉蔵は「ほんとうは、僕にも判らないのだよ。なにもかも原因のような気がして。」と述べるに留めます。

『道化の華』作品に対する作者のコメント

その日の昼過ぎ、葉蔵の兄が青松園に着いた。

兄は「サナトリウム生活でもしませんか」と問いかけ、そのとき葉蔵ははじめて罪人のひけ目を覚えたのである。そうして院長と小菅・飛騨を連れて食事へ出て行くのでした。

ここで作者である太宰治からコメントが入ります。

僕は後悔している。二人のおとなを登場させたばかりに、すっかり滅茶滅茶である。

葉蔵と小菅と飛騨と、それから僕と四人かかってせっかくよい具合にもりあげた、いっぷう変わった雰囲気も、この二人の大人のために、みるかげもなく萎えしなびた。

そして太宰はなぜ小説を書くのだろうという自問自答を行い、

思わせぶりみたいでいやではあるが、仮に一言こたえて置こう。「復讐

と述べるのでした。

この「復讐」は女性を死なせてしまった自分自身に対する「復讐」、つまり懺悔だと考えられます。

起訴される葉蔵

翌朝、警察の事情徴収へ行った飛騨と兄。

戻ってきた飛騨が言う事には、葉蔵は自殺補助罪で起訴される見込みということらしい。しかし結局起訴猶予になるらしいとのこと。

そして太宰治からコメントが発せられる。

ひと一人を殺したあとらしくもなく、彼らの態度があまりにのんきすぎると憤懣を感じていたらしい諸君は、ここにいたってはじめて快哉を叫ぶだろう。ざまを見ろと。

自殺した店員には夫がいた。

飛騨が言うには、葉蔵の兄とその男は二人で話をし、男は「金は一文も要らない、ただその男の人に逢いたい」と言ったそうだ。

しかし葉蔵の兄は本人が入院中だからという理由で断ると、そのひとは情けない顔をして、それでは弟さんによろしく言ってくれ、私たちのことは気にかけず、体をだいじにして、とだけ言い残したそうだ。

そうして飛騨は「その人がえらいのさ。兄さんがやりてだからじゃないよ。人間のあきらめの心が生んだ美しさだ。」とこの話を美談であると言うのである。

太宰はこれに対して、この小説は混乱だらけで登場人物を持て余している、この小説は面白くない、と言うのであった。

真野と葉蔵

その夜、兄が病室来て、明日以降の刑事への対応などを葉蔵に伝えます。そして飛騨と小菅は兄が用意した宿泊施設へ連れていかれるのでした。

葉蔵はその夜、看護師の真野と二人になり「あの女のことを話してあげようか」と言いますす。

死んだ女は銀座のバーに務めていて、3度、いや4度しか行かなかったこと。飛騨も小菅にもこの女のことは教えていないこと。

女は生活苦のために死に、僕は、どうして、あのひとと死のうとしたのかということに対しては「やっぱり好きだったのだろうね。」と言うのです。

そして葉蔵は退院の前日、真野の眼の上の傷について話す姿に愛情を感じるのでした。

退院

太宰は退院についてこう述べます。

葉蔵はきょう退院するのである。

僕は、この日の近づくことを恐れていた。それは愚作者のだらしない感傷であろう。この小説を書きながら僕は葉蔵を救いたかった。

(中略)しかしこの日の近づくにつれ、僕は前にも増して荒涼たる気配のふたたび葉蔵を、僕をしずかに襲うて来たのを覚えるのだ。この小説は失敗である。

退院の日、病院の裏山にのぼる葉蔵と真野。

東京へ帰ろうとする真野に、正月はぼくのところへ遊びに来るよう誘う葉蔵。

これに対して太宰は「ここで結べたらと思うがそんなごまかしの慰めには飽きている。」と言い、物語はは続く。

裏山から富士が見えないと嘆く真野に、葉三は裏山から見える、ゆらゆらと見える海を見下ろしたのである。

こうして前向きな終わりに対し、ゆらゆらと見える海(葉蔵が飛び込んだ場所)を入れ込むことで、園の死について主人公である葉蔵と太宰治は、今後の人生でも彼女の死について考えていくことを示唆するのである。

太宰治『道化の華』感想

小説家本人が作品中に登場し、作品に対する批評を行うという風変わりな小説でした。

これは太宰治が心中未遂の末に女性を死なせてしまったことに対し、今後どのように向き合って生きていくかという事を、太宰治が小説を執筆しながら自分自身に問いかけた結果であると考えました。

なぜならば、小説内でこの作品を否定する太宰がたびたび登場することは、イコール、現実の女性の死に対して小説内で自己弁護を行っている太宰を太宰自身が否定していることになるからです。

しかしながら物語に救いは必要です。

主人公の葉蔵の二人の友達は、話を深刻にすることなく物語を進めます。それが彼らの関係性であり友人たる由縁だと思います。

一方で看護師の真野は葉蔵の気持ちを受け止めます。

太宰治本人でさえ、この葉蔵に対しては否定的な態度を示しますので、唯一心中未遂にたいして肯定的な対応をしてくれているのが真野です。

その真野に恋心らしきものを覚えた葉蔵は、最後に裏山で「僕のところへ遊びにきたまえ」というセリフを言います。

しかし即座に太宰がそれを否定、女性が死んだ(本人が飛び込んだ)海の揺らめきを見下ろすというラストに変更されます。看護師の真野とは愛情関係とはいえないまでも、友人関係とは異なる信頼関係がこの4日で芽生えています。

その真野との関係性(信頼関係)が、女性の死という閉塞された悪夢から、葉蔵そして太宰治を抜け出すためのヒントとなっているのだと思われます。

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